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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)2240号 判決

原告 信用組合大阪商銀

右代表者代表理事 大林健良

右訴訟代理人弁護士 曽我乙彦

同 有田義政

同 金坂喜好

同 影田清晴

曽我乙彦訴訟復代理人弁護士 清水武之助

被告 株式会社 吉善(旧商号 万善株式会社)

右代表者代表取締役 伊藤史郎

被告 株式会社マンゼン

右代表者代表取締役 伊藤景子

被告 伊藤史郎

被告 稲本明史

被告 岩田茂

被告ら訴訟代理人弁護士 廣田稔

主文

一、被告らは原告に対し各自金八〇二八万二六〇二円及びこれに対する昭和五六年一月一一日から支払済みまで被告株式会社吉善、同株式会社マンゼンについては年六パーセント、同伊藤史郎、同稲本明史、同岩田茂については年五パーセントの割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文と同旨。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告株式会社吉善、同株式会社マンゼン関係

(一)  被告株式会社吉善(変更前の商号万善株式会社、以下「被告吉善」という。)は別紙約束手形目録記載の約束手形一六通(額面総額金八〇二八万二六〇二円、以下「本件各手形」という。)を振り出し、原告は本件各手形を所持している。

(二)  原告は右各手形を満期日又はこれに次ぐ二取引日内に支払場所に呈示して支払を求めたところ、いずれもその支払を拒絶された。

(三)  被告株式会社マンゼン(以下「被告マンゼン」という。)は被告吉善の営業を譲り受け、かつ同社の旧商号である「万善株式会社」なる商号を続用しているから商法二六条により被告吉善の債務を弁済する義務がある。すなわち、

(1) 被告マンゼンは昭和五五年九月二四日設立されたが、設立と同時に被告吉善(旧商号万善株式会社)の営業をすべて譲り受けた。すなわち、被告マンゼンの本店所在地及び営業目的は被告吉善と同一であり、同被告の有した営業設備一切を始め得意先及び仕入先をそのまま引き継いだ。役員構成は、代表取締役を除いて同一であり被告マンゼンの代表取締役伊藤景子(以下「景子」という。)は被告吉善の代表取締役である被告伊藤史郎(以下「被告史郎」という。)の妻であり、形式的な被告史郎の傀儡にすぎず、また従業員も同一である。

(2) 被告マンゼンは被告吉善の旧商号を続用している。すなわち、被告吉善の旧商号は「万善株式会社」であり、被告マンゼンの商号は「株式会社マンゼン」である。しかも被告吉善の右旧商号は被告マンゼン設立の障害となる(商法一九条)ため昭和五五年九月二四日に株式会社吉善の現商号に変更する旨の登記をしたものである。

(四)  よって、原告は被告吉善及び同マンゼンに対し、本件手形金及びこれに対する満期の後である昭和五六年一月一一日以降支払済みまで手形法所定年六分の割合による法定利息の連帯支払を求める。

2. 被告伊藤史郎、同稲本明史、同岩田茂関係

(一)  被告吉善は各種繊維製品の製造並びに販売を目的とする資本金四〇〇万円の株式会社である。

(二)  被告史郎は被告吉善の代表取締役、同稲本明史(以下「被告稲本」という。)、同岩田茂(以下「被告岩田」という。)は被告吉善の取締役である。

(三)  被告史郎は、被告吉善の資本金が四〇〇万円という小規模であって、その振出し当時の同社の財産状態、資金繰り等から本件各手形の支払期日にその支払をすることができないことを予想し得たにもかかわらず、被告吉善の代表取締役としての悪意又は重大な過失により漫然多額の本件各手形を振出した。

(四)  被告稲本、同岩田は、同社の取締役として、代表取締役である被告史郎の業務執行につきこれを監視し、必要があれば取締役会を通じて業務執行が適切に行われるよう監督する職務を負担していたにもかかわらず、被告史郎の前記職務懈怠行為を看過したものであり、重大な過失により同社の取締役としての職務を怠ったものである。

(五)  その結果、原告は被告吉善振り出しの本件各手形元本合計金八〇二八万二六〇二円の支払を受けることが不能となり、右同額の損害を被った。

(六)  よって、原告は被告史郎、同稲本、同岩田各自に対し商法二六六条ノ三に基づき原告の前記損害金八〇二八万二六〇二円及びこれに対する損害発生の後である昭和五六年一月一一日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1.の(一)、(二)の事実は認める。

(三) 冒頭の主張は争う。

(三)(1)の事実は否認する。被告マンゼンは被告吉善から営業財産の一部を譲り受けたうえで設立されたが、同時に被告吉善の債務も引き受けており被告吉善とは全く別人格である。

(三)(2)のうち被告吉善が商号変更登記をした事実は認めるが、その余の事実は否認する。

2. 同2.の(一)、(二)の事実は認め、その余の事実は否認する。

被告稲本、同岩田は同史郎の依頼により同人の個人会社である被告吉善のため登記簿上取締役としての名義を貸与したもので、実際は被告稲本は得意先回り担当の、同岩田は営業一般雑務担当の単なる従業員にすぎず、本件各手形の振出しを含む経理一切は被告史郎がすべて担当しており被告稲本、同岩田は全く関与していない。

三、抗弁

1. 被告吉善は原告の理事であった松村憲衛(以下「松村」という。)の依頼により、見せ手形として本件各手形を振り出した。

2. 原告は前項の事実を知りながら本件各手形を取得し、これを所持している。

四、抗弁に対する認否

全部否認する。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、被告吉善の関係について

1. 請求原因1.の(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

2. 被告らは本件各手形は受取人である泉光株式会社(以下「泉光」という。)の代表取締役である松村の依頼により原告に対する見せ手形として振り出されたものである旨抗弁で主張し、被告兼被告吉善代表者伊藤史郎の供述中には右主張に沿う部分がある。しかし他方同人の供述では本件各手形の性格につき見せ手形あるいは貸し手形と一定せず、さらに同人の供述に証人松村憲衛の証言を併せると、被告吉善と泉光との被告吉善振出しの本件各手形は原告に割り引いてもらうことが予定され、満期に同被告は泉光の資金で各手形金を支払う旨が約束されていたことが認められるのである。これらの諸点に照らすと前記伊藤史郎本人の供述部分は信用できず、ほかに被告らの主張事実を認めるに足る証拠はない。したがって、その余の点を判断するまでもなく、抗弁は理由がない。

3. そうすると、被告吉善は原告に対し、本件各手形金及びこれに対する満期後の日である昭和五六年一月一一日から支払済みまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払をする義務があるというべきである。

二、被告マンゼンの責任について

1. 〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告吉善は各種繊維製品の製造及び販売並びにこれに附帯する一切の業務を目的とする株式会社であり、取引先である泉光に対し資金を融通するために、合計八〇〇〇万円にものぼる本件各手形を泉光に対して振り出していた。ところが泉光が昭和五五年九月一日に倒産して、泉光から右手形金に見合う資金の回収が図れなくなり、手形振出しの責任がとれる状態でなくなったので、これを回避するため同月二四日被告吉善は万善株式会社という旧商号を現商号に変更のうえその旨登記した。一方、被告吉善は翌二五日に不渡手形を出し倒産し、被告吉善としての営業は停止した。そして、被告吉善の代表取締役は被告史郎であり、取締役は被告稲本、同岩田であった。

(二)  被告史郎は被告吉善の商号変更の日と同じ日に本店を被告吉善と同じ所在地とする被告マンゼンを設立しその旨の登記をした。被告マンゼンの代表取締役には被告史郎の妻の伊藤景子(以下、「景子」という。)が、取締役には被告稲本、同岩田がそれぞれ就任し、被告吉善の従業員はほとんど被告マンゼンの従業員となった。被告マンゼンは目的を毛織物、綿織物、合化繊維物の製造及び販売、ニット製品の製造及び販売並びにこれに附帯する一切の業務と定め、営業設備は被告吉善のものを使用した。被告吉善はふじや産業その他一宮市周辺の問屋を販売先とし、大東繊維工業、大八木商店、蘇東製紙株式会社などを仕入先とし、取引銀行は尾西信用金庫であったが、被告マンゼンも引き続きこれらと取引しており、被告吉善の債権者に対して被告マンゼン自身振出しの手形で差替えを行うこともあった。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2. 以上の事実によれば、被告マンゼンは被告吉善からその仕入先、得意先、営業設備、従業員等を含む各種織物の製造並に販売の営業活動を一体として引き継いだものと認められるから、被告吉善から被告マンゼンに対し営業の重要な部分の譲渡があったというべきである。

なお、この点につき被告マンゼンは被告吉善とは別個の法人格であると主張するが、たとえ登記簿上別個の法人格をもった会社であったとしても、このことは、営業の譲渡があったことを直ちに覆すに足るものではない。のみならず右に認定したとおり、被告吉善は被告マンゼン設立と同時に事実上営業を休止し一切の営業活動は行わないようになったのであり、その他右認定の被告マンゼン設立の経過に照らすと、被告吉善の営業の有機的組織は既に被告マンゼンに移転されており、もはや、被告吉善は営業主体として何ら重要なものが残されていないことが明らかである。いずれにしろ、被告マンゼンの右主張は、営業譲渡の事実を覆すものではない。

そして、被告吉善の旧商号が「万善株式会社」であり、被告マンゼンの商号が「株式会社マンゼン」であって、右両者の商号を比べれば、その主要部分である「万善」と「マンゼン」の部分が漢字、片仮名の表示の区別を除き読み方は同一であり、後ろに附加されていた「株式会社」の表示が前に附加された点が違うのみである。さらに被告伊藤史郎本人尋問の結果によれば、変更後の被告吉善としての営業はなく単に商法一九条の適用を避けるための措置として万善株式会社という商号の会社を一宮市から消滅させるべく株式会社吉善に商号変更したうえで被告マンゼンを設立したことが認められるのである。

以上判示したところに鑑みると、被告吉善の旧商号と被告マンゼンの商号とは、それ自体からみて社会通念上判然と区別し得ないというべきであり、しかも、殊更に商法一九条の適用を排除し、新会社である被告マンゼンに被告吉善が営業活動をしていたときの旧商号とほとんど同一の商号を使用させるために、被告吉善の商号を変更したということができる。したがって、被告マンゼンは被告吉善の商号を続用しているものと解さざるを得ない。

3. 右の次第で、被告マンゼンは被告吉善の営業を譲り受け、かつその商号を続用しているというべきであるから、商法二六条により被告吉善が営業によって負担するに至った原告に対する本件各手形金支払債務を弁済する義務があるというべきである。

三、被告史郎、同稲本、同岩田の関係について

1. 請求原因2.の(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。

2. 〈証拠〉を総合すれば次の事実を認めることができる。

(一)  被告吉善は、得意先の泉光代表取締役松村憲衛の依頼で、昭和五三年四月ごろから、手形を同社に振り出すことなどによって同社に資金援助していたところ、昭和五五年一月ころからは、泉光の経営状態が悪化し、被告史郎もこの悪化を承知してはいたが、泉光が直ちに倒産するのを黙認することができず、急場しのぎの意味で泉光への融資目的での同社に対する振出し手形を増加させ、同年三月三〇日ころから同年七月四日ごろまでの間には本件各手形(額面合計金八〇二八万二六〇二円)を始めとする手形約一億三〇〇〇万円相当を振り出した。

泉光への右各手形振出しはいずれも松村の依頼によるもので、被告吉善の代表取締役である被告史郎は泉光が右各手形について原告から割引を受けることを知っており、被告吉善は見返りとして泉光振出しの期日の前に満期が到来する手形を預かり、泉光から決済資金を事前に受け取り被告吉善振出しの各手形を決済していた。

(二)  昭和五五年九月期における被告吉善の経営状態は、売上げ一二億円うち泉光に対し三億一二〇〇万円、利益が三〇〇〇万円であった。一方、資本金が四〇〇万円で会社の資産としては銀行預金、設備、車輌、什器備品その他があったが不動産はなかった。

(三)  ところが、泉光が昭和五五年九月一日に倒産したことから、被告吉善は泉光から本件各手形決済資金の交付を受けることができなくなり、本件各手形の割引をしていた原告は被告吉善から本件各手形金八〇二八万二六〇二円の支払を受けることができなかった。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する被告兼被告吉善代表者伊藤史郎の供述部分は信用できない。

3. 右事実によると、被告吉善は泉光から受け取るべき資金をもって、泉光に対する振出しの手形決済に充てていたのであり、泉光からの決済資金が入手できなくなれば、泉光に対する振出しの手形は支払不能になる関係にあったものというべきである。そして、昭和五五年一月からは泉光の経営が悪化したにもかかわらず、泉光からの右資金が被告吉善に間違いなく入金される見込み、例えば泉光の経営状態の好転の可能性・泉光の保有資産との対比による右資金の決済能力などについて的確な判断をせず、しかも右資金入金の担保を徴求するなどの保全措置を何ら講ずることのないまま、被告史郎は漫然と同年七月までの間に、前記のような膨大な金額の手形を被告吉善名義で振り出したといわざるを得ない。このために結局、被告吉善は泉光からの決済資金を入手できないまま本件各手形を決済することができなくなったわけである。

してみると、被告史郎は被告吉善の代表取締役としてその執務執行に当たり、手形振出しにつき被告吉善の資産内容などを考慮して、手形が満期に決済できるよう十分配慮すべき義務があるのに、漫然これを怠り本件各手形を振出しており重大な過失があったものと認められるから、これによって原告の被った損害につき商法二六六条ノ三に規定する損害賠償責任を負うべきである。

そして、2.で認定した事実によれば、被告史郎の重大な過失行為により本件各手形が振り出され、右手形を取得した原告は手形金の支払を受けることはできなかったのであるから、原告は右手形金額に相当する金八〇二八万二六〇二円の損害を被ったものと認められ、被告史郎は原告に対し右金員を賠償すべき義務がある。

4. 次に被告稲本、同岩田の責任について判断するに、一般に、株式会社の取締役は会社に対し、取締役会に上程された事項についてのみならず代表取締役の業務執行全般についてこれを監視し、必要であれば代表取締役に対し取締役会の招集を求め、又は自ら招集し、取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職責を有するもので、取締役に就任した以上右職責を果たすための行動をとるよう期待されていると解される。

しかして、〈証拠〉によれば、被告吉善は被告史郎が中心となって設立した会社であるが被告稲本、同岩田は設立当時被告史郎とともに発起人となったほか、設立後も株主となり、また被告史郎の要請により被告吉善の取締役に就任することを承諾し、その旨の登記もなされたこと、しかるに、被告稲本、同岩田に旧万善の業務一切を被告史郎に任せて何の監視もせず被告史郎に取締役会の招集を求めたり自ら招集することはなく、昭和五四年九月期の決算においても、取締役として押印したが内容を確めようとしなかったことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、被告稲本と同岩田は被告吉善に対し取締役としての任務懈怠があったというべきである。

なお、前記各本人尋問の結果によると、被告吉善は被告史郎の個人企業であり被告史郎が社長と呼ばれ独断で営業を総括していたもので、被告吉善において被告稲本は織物の整理関係を、被告岩田は営業関係を担当しており、専務とか常務の肩書はつけず、役員報酬はなく従業員としての給料を支給されていたことが認められる。しかし、被告吉善の営業が被告史郎の独断専行で総括され、経理一切を同被告が行っていたとはいえ、取締役の地位にあった被告稲本、同岩田が前記職責を果たさず被告史郎の泉光に対する多額の本件各手形振出し行為を看過したことは、任務懈怠に重大な過失があったというに十分である。すなわち、被告稲本、同岩田が常時被告吉善に出社し仕事に従事していたことは前記各本人尋問の結果から明らかであって、被告吉善の経営内容を容易に知り、又は少なくとも知り得べき態勢にあったのである。このことと泉光が被告吉善の取引先であったことを併せ考えると、同被告らが前記職責を果たせば、被告史郎による半年にも及ぶ本件各手形の漫然とした泉光への振出し行為を事前に察知し、被告史郎に対して直接に助言又は忠告することも決して不可能ではなく、そうすればこれを阻止できたものと推認せざるを得ない。そして、原告が本件各手形の支払を受けられず手形金相当の損害を被ったことは前判示のとおりであり、右任務懈怠と原告の被った右損害との間には相当因果関係があるものというべく、被告稲本、同岩田は原告の右損害について商法二六六条ノ三の取締役責任を負うというべきである。

四、結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項ただし書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 久末洋三 裁判官 塩月秀平 中本敏嗣)

〈以下省略〉

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